中国での移植の記事一覧

中国移植医療の歩み

瀋陽で開催した2004年全国臓器移植学術会議では、臓器移植は近年、中国において著しい発展を見せた、規模も日々大きくなっていく。中国の臓器移植数は米国に続き、世界第二位となった。これらの情報から中国移植技術は国際トップレベルに達していることがわかる。

腎臓移植は中国の臨床医学において、最も早く、臨床経験が多く、技術的に成熟している臓器の移植だ。現在、中国では、29の省、市、自治区がこのような仕事を展開している。2001年末になって、全国の腎臓移植総計は40393例に達している、その中の3例の腎臓移植の患者が26年も生存できたと言う。2001年、全国で登記している病院では合計5561例の腎臓移植を実施した、年間移植数は世界でアメリカに次ぐ。

腎臓移植は下記のような状況にある

中国での現在2010年度腎臓移植費用はおよそ680万円~800万円程度である。

1.移植を行う病院数と移植数が年々増加している:腎臓移植は1989年に1049例、1995年に2382例、1998年に3596例、1999年に4323例、2000年に5542例、と2001年に5561例。
2.腎臓移植重点センターの設立:年度移植数は100例を超える病院は18箇所、この18箇所の病院の総計移植数は全国の移植総計数の半数以上を占めている、腎臓移植の重点病院となった

3.生存率は著しくアップした、先進の腎臓移植センターの生存率は国際レベルに近づいている。

4.親族移植数は着実に増加、1972年中山医院の始めての親族腎移植に成功した以来、今まで227例、その中、同済医学院器官移植研究所は1/4を占め、毎年増加し続けている。

5.免疫抑制剤の個人化方案に対して更に深く知ること、新型免疫抑制剤の出現。

6.移植物の慢性機能不全の要素への理解をしていく上に、有効な措置を取り入れた。

7.肺移植は1979年、北京結核症研究所は2例の結核患者に単肺移植を実施した、手術の難度が大きいため、術後で拒絶反応を制御できない、短期の生存であった。肺器官は開放性があるため、感染しやすく、高額な費用などが原因で14年間中止していた。1993年になって、ハルビン医科大学二院が3例を実施した後、北京、南京、広州、湖南など各地で相次いで双肺移植3例、単肺移植7例を実施し、中国の肺移植数は13例になった、現在中国の肺移植最長生存は北京安貞医院で実施した1例の左側単肺移植患者で7年生存した。

肝臓移植の初期段階1977-1983年で7年間57例だが、生存は1年を超えるケースは無かった、7年間中止して、1991年から再開して、1998年までの8年間で78例実施した。長期生存の病例も出た、その後、移植数は倍増し続けている、1999年に118例、2000年に254例、2001年に486例にまで上った、2001年総計996例と記録されている。中華器官移植学会および全国肝臓移植協同組合の統計によると、1976年から2000年末まで、中国内陸では各種の肝臓移植は510例、その中のほとんどは成人死体ドナーからの全肝臓移植だった、児童肝臓移植および成人生体間肝臓移植は10例程しかなかった。2001年から、中国の肝臓移植技術快速な発展を見せた、2004年まで4500例の各種の肝臓移植を完成し、去年一年で1800例。その中に2回肝臓移植患者は5%未満、3回肝臓移植患者は稀に見ない。成人間と児童生体肝臓移植も素晴らしい発展を見せた。全国で100例前後実施された。中国内陸では肝臓移植の術後長期生存率は病種(肝臓癌の是否)により差が大きい、3年生存率は60%、5年生存率は40%未満、国外と大きな差が残っている。

近年の肝臓移植発展の要因:

1.適応症変化、早期の多くは中、末期肝臓癌、現在は良性末期肝臓病が多く、先天性と代謝性病症は増えている。

2.技術は成熟し、経験も蓄積している

3.患者、病状、環境の違いにより、各種の新しい術式を展開した、例えば、生体親族部分的肝臓移植、体積減少式肝臓移植、分裂式肝臓移植および元位置補助性肝移植など。

4.UW保存液の応用。

5.新免疫抑制剤の応用。

6.学術交流と技術協力の増加。

心臓移植は1978年から1993年までの15年間で中国国内の6箇所の病院で7例しか実施しなかった。1992年にハルビン医科大学付属第二病院は心臓移植に成功した後、1994年から2000年末にかけて合計82例の心臓移植を実施した。全国では33箇所の病院は心臓移植手術を展開している、現在心臓移植手術を多数行っている病院は:福健医学大学協和医院、ハルビン医科大学付属二院と複旦大学付属中山医院、ハルビン医科大学付属二院では始めての心臓移植患者はもう10年生存していることが確認され、現在中国において生存最長者と判明。

膵腎同時移植は1989年同済医科大学器官移植研究所は中国の始めての膵腎同時移植を実施してから、2001年まで全国の20箇所で合計93例の膵腎同時移植が実施された。最長生存は8年だった。現在膵腎同時移植手術を多数行っている病院は:浙江大学医学院付属一院、同済器官移植研究所、中国医科大学付属一院と北京朝陽医院。

小腸移植と同種小腸移植主に短腸総合症と各種の原因の両方向性がない小腸機能衰弱患者が対象とする。

ここ数年、天津、南京、武漢、西安、ハルビンの5つの都市がすでに小腸移植を8例施行している、南京軍区の南京総医院は1996年1月9日に第2例施行した、4年余り(死体ドナー腸)生存した、術後、部分的に静脈栄養補助を加え、無脂食を口から飲むことができる。第4軍医大学西京病院は2例とハルビン医科大学一院が1例の親族生体小腸移植を施行した、西京病院の移植患者はすでに4年余り生存した。近日瀋陽で開催された2004年度全国器官移植学術会議で、会議に出席する専門家は、中国のいくつか臓器移植技術はすでに国際的な先進水準に達成するか接近したと評価した。

中華医学器官移植学会の不完全統計により、2003年まで、中国は累計で臓器移植の5.5万例余り完成し。その中、腎臓移植は5万例あまり、現在毎年は5000例を完成している、数量は米国に次ぐ;肝臓移植は3000数例、去年だけで1500例を完成した。心臓移植も臨床を増やしている。また膵腎同時移植、肝腎同時移植、心肺同時移植など難度の高い手術も展開している。

去年全国は1800人の患者が肝臓移植を受けて、専門家はこう指摘した。

中国内陸の肝臓移植が技術はここ数年発展が迅速だったが、しかし国外と比較すれば差が大きく、同時にまたいくつか切実に解決しなければならない問題に直面する。4月1日、2日北京解放軍の302病院で開催する第6期の中日肝胆膵臓疾病のシンポジウム上で関係専門家は言った。

中華器官移植学会と全国肝臓移植グループの統計では、1976年から2000年末まで、内陸では全部で各種肝臓移植を510例施行して、その中、圧倒的に多数は成人の死体肝臓の全体肝臓移植で、児童の肝臓移植と成人間生体肝臓移植は10例足らず。

2001年の初め、内陸の肝臓移植技術は急激に発展して、2004年まで各種の肝臓移植は4500例余り、去年1年だけで1800例に達した。

その中、2回肝臓移植者が5%足らず、きわめて少なく3回肝臓移植者がある。

成人間と児童生体肝臓移植の発展を獲得して、全国はおよそ100例ほど施行した。

内陸肝臓移植術後で中長期の生存率は(肝臓癌かどうか)大きく異なってくる、3年の生存率が60%ぐらい、5年の生存率は40%を上回ることができない、国外とかなり大きな差がある。

北京大学人民病院肝胆外科冷希聖教授の説明では、現在国内肝臓移植した患者はB型肝炎(B型肝炎)で肝硬変肝臓衰弱者は多数を占めて、全般的な肝臓移植の60%-70%を占める。

続発型肝炎後の肝硬変肝臓癌は30%-40%占める、一部の病院の肝臓移植患者は肝臓癌の中で50%以上占める。

C型肝炎の肝硬変は肝臓の移植者数量を受け入れてきわめて少なくて、およそ占めて総計の5%以下を移植する。

肝臓移植が末期肝病気の効果的の治療手段として、すでに内科の医師、患者の承諾と社会の受け入れを得て、それによって広範な展開を迎えている。

わたしが中国国際臓器移植支援センターを開設するに至った経緯

私は5年間中国とフィリピンに於いて200人以上の患者様をサポートしてきました。
わたしは元中国国際臓器移植支援センター、Asian Hospital And Medical Center
Organ Transplant Foreign Support room「アジアンホスピタルサポートセンター(フィリピン)」脊椎損傷サポートセンターの代表です。
わたしは中国で食品製造会社、光触媒塗料販売会社、通訳サポート会社を経営する中、日本人だけでなく多くの海外の患者様を医療通訳の仕事を通じてサポートしてきました。
わたしがこのサポートの世界に入ることのきっかけとなったのは、2003年11月、日本の知人からもらった一本の電話でした。
彼は肝臓がんを患っており、既に余命宣告をされているとのことでした。彼の話によると「中国で肝臓移植をしているという情報がある。それについて調べて欲しい」とのことでした。
その当時、わたしは中国東北部の瀋陽というところに本社を構え、光触媒という日本政府が国策として推し進めている新商品を中国展開する準備に取り掛かっていました。
この仕事は以前わたしの日本法人で働いていた従業員の紹介で、瀋陽の行政組織より斡旋されて日本からの投資案件として準備を進めていました。
わたしはそれまで移植という世界をまったく知らず、国内にこれ程多くの移植を必要とする患者がいることに驚きました。
まずわたしは彼の情報にもとづき、東北地区最大の医療機関である国立中国医科大学第一医院を訪ねました。受付で肝臓移植の事を尋ねると、受付担当の女性は「はいできます。」とことなげにかえしてきました。わたしは外国人ですが、外国人でも可能ですか?・・と聞くと「大丈夫です」。「韓国人や日本人も来られています。」「移植センターの主任医師のところで詳しくお聞きください。」そう言われて現在副医院長の劉永峰教授を紹介されました。
教授を訪ねて単刀直入に質問を投げかけると、彼は「今日も2人腎移植をした。昨日は肝臓移植と腎移植を同時にした。」と答えられました。劉教授の話では臓器移植は日常のことではあり、とりわけ特別のことではない。・・・この様に言われ、わたしを既に臓器移植された患者棟に案内してくれました。
案内された部屋には沢山の患者が移植後の療養をされておりました。
わたしは医師に日本ではドナーが無くて移植を待っている患者が沢山おられます。何故こちらではそんなに沢山のドナー供給ができるのですか?そう聞くと彼は中国では特別の法制度が有り、ドナーは常に供給される・・・とおっしゃられました。
わたしはまだその当時ドナーについてもあまり・・というよりまったく知識が無かったので・・「あぁ!そうなんだ」・・・という程度でした。
その後社員を使って中国での移植情報を集めて見ると、殆どの地区で移植をしており、中国では腎臓移植では1000例以上の臨床経験を持つ医師が沢山いると言う事が分かりました。2007年度時点で、50000余例を超えているとのことでありました。
さらに米国や日本で医療技術を身につけ、中国に帰国してさらに臨床経験を積んだ医師が山といるということでした。
実際内情を探って見ると、中国有数の大学病院などでは手術の成功率は非常に高く、また術後の生着率も世界的レベルを超えていることが分かりました。
何故そこまで生着率が高いかというと、後で分かったことですが、ドナーが死刑囚ということもあり、生体移植と同様の施術が執り行われる為、ドナー臓器の状態が非常に良い事と、事前の機能障害等を全て排除した臓器以外、移植対象とならない為であることが分かりました。
わたしはその後も病院を訪れ、患者に移植後に問題は無いか、あなたは移植して良かったですか?恐怖はありませんでしたか?等々いろいろと患者たちの意見を聞いて回りました。
すると患者たちは皆、この病院の医師を信頼している為少しも心配していないという。
わたしは揃えた情報を直ぐに日本の友人に送りました。
友人はとても喜び、中国渡航に向けて準備を始めました。ところが、病気の進行は早く、彼の希望とは裏腹に遂には飛行機にも乗れない状態となり、とうとう昏睡状態となってしまったのです。
その後彼は何もできないまま亡くなってしまいました。
もう少し早く中国での情報を知ることができれば、彼はこんな結果にならずにすんだかもしれない。
私はとても切ない気持になってしまいました。
その後わたしは、何とかこの中国での移植に関する情報を日本や海外の移植を必要とする患者に流す事ができないかと考えるようになっていきました。
それからわたしはこの情報には日本国内法が大きな壁になる事を知ります。
厚生省に連絡を取ってみると、日本では臓器移植に関して、日本臓器移植ネットワークを除いて何人も斡旋紹介に携わる事はできないと言う。
わたしは実におかしなことだと思ったが、それなら日本国法に抵触しない方法が無いものか考える中、インターネットを使い受動的に治外法権によって、中国のサーバーから中国の法人として情報を流し、法人は正式な医療通訳サポート会社を設立することを決定しました。
ネットから中国の移植関連情報を流す。そして渡航希望患者に対して通訳サポートをする。この流れを作ったのでした。
わたしは出来る限りオープンにこちらの情報を開示する為に、今まで伺い知ることのできなかった分野をオープンにしました。
日本のマスコミを始め、海外主要メディアが会社を連日訪問して行きました。
その中で、ウクライナ大使館、ギリシャ大使館から何度も調査が行われた後、最も信頼できるサポート組織であるということから、正式に患者を紹介されるようになって行きました。
さらにはウクライナに於いて本国の国立病院に招待され、正式に提携もまとまり、患者が送られてくるようにもなって行ったのです。

私は5年間中国とフィリピンに於いて200人以上の患者様をサポートしてきました。

わたしは元中国国際臓器移植支援センター、Asian Hospital And Medical Center Organ Transplant Foreign Support room「アジアンホスピタルサポートセンター(フィリピン)」脊椎損傷サポートセンターの代表です。

わたしは中国で食品製造会社、光触媒塗料販売会社、通訳サポート会社を経営する中、日本人だけでなく多くの海外の患者様を医療通訳の仕事を通じてサポートしてきました。

わたしがこのサポートの世界に入ることのきっかけとなったのは、2003年11月、日本の知人からもらった一本の電話でした。

彼は肝臓がんを患っており、既に余命宣告をされているとのことでした。彼の話によると「中国で肝臓移植をしているという情報がある。それについて調べて欲しい」とのことでした。

その当時、わたしは中国東北部の瀋陽というところに本社を構え、光触媒という日本政府が国策として推し進めている新商品を中国展開する準備に取り掛かっていました。

この仕事は以前わたしの日本法人で働いていた従業員の紹介で、瀋陽の行政組織より斡旋されて日本からの投資案件として準備を進めていました。

わたしはそれまで移植という世界をまったく知らず、国内にこれ程多くの移植を必要とする患者がいることに驚きました。

まずわたしは彼の情報にもとづき、東北地区最大の医療機関である国立中国医科大学第一医院を訪ねました。受付で肝臓移植の事を尋ねると、受付担当の女性は「はいできます。」とことなげにかえしてきました。わたしは外国人ですが、外国人でも可能ですか?・・と聞くと「大丈夫です」。「韓国人や日本人も来られています。」「移植センターの主任医師のところで詳しくお聞きください。」そう言われて現在副医院長の劉永峰教授を紹介されました。

教授を訪ねて単刀直入に質問を投げかけると、彼は「今日も2人腎移植をした。昨日は肝臓移植と腎移植を同時にした。」と答えられました。劉教授の話では臓器移植は日常のことではあり、とりわけ特別のことではない。・・・この様に言われ、わたしを既に臓器移植された患者棟に案内してくれました。

案内された部屋には沢山の患者が移植後の療養をされておりました。

わたしは医師に日本ではドナーが無くて移植を待っている患者が沢山おられます。何故こちらではそんなに沢山のドナー供給ができるのですか?そう聞くと彼は中国では特別の法制度が有り、ドナーは常に供給される・・・とおっしゃられました。

わたしはまだその当時ドナーについてもあまり・・というよりまったく知識が無かったので・・「あぁ!そうなんだ」・・・という程度でした。

その後社員を使って中国での移植情報を集めて見ると、殆どの地区で移植をしており、中国では腎臓移植では1000例以上の臨床経験を持つ医師が沢山いると言う事が分かりました。2007年度時点で、50000余例を超えているとのことでありました。

さらに米国や日本で医療技術を身につけ、中国に帰国してさらに臨床経験を積んだ医師が山といるということでした。

実際内情を探って見ると、中国有数の大学病院などでは手術の成功率は非常に高く、また術後の生着率も世界的レベルを超えていることが分かりました。

何故そこまで生着率が高いかというと、後で分かったことですが、ドナーが死刑囚ということもあり、生体移植と同様の施術が執り行われる為、ドナー臓器の状態が非常に良い事と、事前の機能障害等を全て排除した臓器以外、移植対象とならない為であることが分かりました。

わたしはその後も病院を訪れ、患者に移植後に問題は無いか、あなたは移植して良かったですか?恐怖はありませんでしたか?等々いろいろと患者たちの意見を聞いて回りました。

すると患者たちは皆、この病院の医師を信頼している為少しも心配していないという。

わたしは揃えた情報を直ぐに日本の友人に送りました。

友人はとても喜び、中国渡航に向けて準備を始めました。ところが、病気の進行は早く、彼の希望とは裏腹に遂には飛行機にも乗れない状態となり、とうとう昏睡状態となってしまったのです。

その後彼は何もできないまま亡くなってしまいました。

もう少し早く中国での情報を知ることができれば、彼はこんな結果にならずにすんだかもしれない。

私はとても切ない気持になってしまいました。

その後わたしは、何とかこの中国での移植に関する情報を日本や海外の移植を必要とする患者に流す事ができないかと考えるようになっていきました。

それからわたしはこの情報には日本国内法が大きな壁になる事を知ります。

厚生省に連絡を取ってみると、日本では臓器移植に関して、日本臓器移植ネットワークを除いて何人も斡旋紹介に携わる事はできないと言う。

わたしは実におかしなことだと思ったが、それなら日本国法に抵触しない方法が無いものか考える中、インターネットを使い受動的に治外法権によって、中国のサーバーから中国の法人として情報を流し、法人は正式な医療通訳サポート会社を設立することを決定しました。

ネットから中国の移植関連情報を流す。そして渡航希望患者に対して通訳サポートをする。この流れを作ったのでした。

わたしは出来る限りオープンにこちらの情報を開示する為に、今まで伺い知ることのできなかった分野をオープンにしました。

日本のマスコミを始め、海外主要メディアが会社を連日訪問して行きました。

その中で、ウクライナ大使館、ギリシャ大使館から何度も調査が行われた後、最も信頼できるサポート組織であるということから、正式に患者を紹介されるようになって行きました。

さらにはウクライナに於いて本国の国立病院に招待され、正式に提携もまとまり、患者が送られてくるようにもなって行ったのです。

中国移植の現状

中国は2007年、旅行ビザしか持たない外国人に対する臓器移植を禁止とするなど、外国人への臓器移植を厳しく制限する方針を打ち出した。国内の医師や医療機関に対する規制は施行済みという。厳格に適用されれば、短期の移植ツアーなどはできなくなる。海外での移植手術を最後のよりどころとする移植待ち患者にとっては、大きな選択肢が失われることになる。

 国営新華社通信が2007年7月3日付けの中国保健省の声明として伝えたところによると、中国国内の医療機関は、外国人に対する臓器移植を実施する場合、保健当局の許可が必要。しかも、旅行ビザしか持たない外国人に対する臓器移植は禁止、同国の移植医が中国本土外で手術を行うこともできなくなった。本規制に違反した医療機関は厳しく処罰され、移植免許を剥奪される場合もあるという。

 外国人への臓器移植を事実上、禁止した理由として、中国政府は、同国内で臓器移植を待つ患者を優先するためという理由を掲げている。移植待ち患者が年間150万人に上るのに対し、臓器提供は1万件にすぎないという。

 一方で、かねてから欧米では、中国が犯罪者の臓器による移植ビジネスを容認しているという批判があった。日本移植学会も、名指しこそ避けているものの、受刑中や死刑執行者の臓器を利用している海外の移植施設への紹介禁止を倫理指針に明記している。今回の規制はこうした国際的な批判をかわす狙いもあるものと考えられる。中国当局は既に昨年秋から規制に踏み切る姿勢を公表していた。

 しかし、米国での臓器移植は数千万円から1億円以上と極めて高額なのに対し、中国では肝臓移植でも数百万円程度とされ、日本の患者の利用も少なくなかったようだ。規制によって移植ビジネスが地下に潜る可能性もあり、移植待ち患者にとってはもちろん、日本の移植医療にとっても少なからぬ影響が懸念される。