総説腎臓移植シリーズ

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末期腎不全治療のオプション提示

―特に腎移植の説明に関して―

東京大学医学部附属病院腎臓内分泌内科

柴垣有吾

2002年度末の日本透析医学会の統計調査によれば新規透析導入患者数は33,710人である。一方2002年

度に施行された腎臓移植は757例のみであり単純に計算すると新規末期腎不全患者の2%程度しか腎臓移植の恩恵を受けていない計算になる。また透析方法においても日本では腹膜透析が占める割合は約4%程度と低調である。

歴史的経緯や社会的問題(保険制度含め)などの要素はあるもののこれは純粋に医学的観点からは腎臓移植や腹膜透析を受けている患者数がこれ程少ないことへの説明にはならない。日本の血液透析の成績が諸外国に比べ優秀であることは事実であるし誇るべきことであるとは言えるがこれはあくまでも医師の立場での自己満足にすぎない可能性もある。すなわち実際の個々の患者においては血液透析よりも腹膜透析や腎移植を行ったほうが予後やQOLが良かった可能性があると考えるのが自然である。腹膜透析に関して言えば血液透析と比較しその予後は同等あるいはそれ以上(特に導入後数年間)であり,QOLも高いことが最近認識されている。今後技術の進歩によってさらにこの傾向が高まる可能性がある。後で述べるが一般には腎移植も予後とは透析療法よりも優れていると考えられる。

しかしこれらつのオプションが腎不全患者に対してきちんと説明されていない現実がある。筆者らが腎臓移植をすでに受けた患者にアンケート調査を行った結果によればその内の80%以上の患者が十分な腎臓移植の説明を透析導入前に腎臓専門医より受けていなかった。すなわち移植が成功するはずの患者にさえ移植の説明が十分なされていないのである。腹膜透析についてさえ十分な説明を受けていないケースが多い。また患者サイドにおいても腹膜透析や腎臓移植に対して現実以上にネガティブなイメージ(それぞれ腹膜炎や日和見感染症など)があるのも事実のようである。情報収集に受身的な日本人患者においては情報源は担当医師であることが多いため医師の考えが患者のイメージに反映される可能性が高い。医師の知識や経験の偏重がその原因である可能性がある。

理解すべきことはこのつのオプションにはそれぞれ長所と短所があり個々の患者でどれが適切であるか

は異なるということと,3つのオプションは互いに排他的なものではなく補完的な側面を持つという点であ

る。つまり個々の患者においてその時点で最も適切だと思われる療法を患者と相談したうえで決定しま

た個々の治療法の長所を生かす観点から場合によっては治療法の併用(血液透析と腹膜透析の併用)や経時的な治療法の選択(腎臓移植→腹膜透析→血液透析など)を考えるなど総合的かつ長期的な腎不全治療プランを組み立てることが今後は求められると思われる。

本稿では紙面の都合上,3つのオプションのすべてを述べることはできないため特に認識が低いと思われる

腎臓移植というオプションを提示するにあたって必要と思われる情報に的を絞って論じてみたい。

348 末期腎不全治療のオプション提示

腎臓移植と透析療法の比較

腎臓移植

腹膜透析

血液透析

生命予後

優れている。

移植に比べ悪い。

腎機能

かなり正常に近いレベル

(60~70%程度)

悪いまま

(貧血・骨代謝異常・アミロイド沈着・動脈硬化・低栄養などの問題は十分な解決ができない。)

心筋梗塞・心不全・脳梗

塞の合併

透析より少ない。

移植より多い。

生活の質(QOL)

優れている。

移植に比べ悪い。

治療自体による負担

社会復帰率

非常に高い。

高い。

低い。

治療に必要な薬剤

免疫抑制剤とその副作用

に対する薬剤

慢性腎不全の諸問題

(貧血・骨代謝異常・高血圧など)に対する薬剤

必要な薬剤

治療自体による生活の制約

ほとんどない。

やや多い。

(透析液交換・装置のセットアップの手間)

多い。

(週に3回1回4時間程度の通院治療)

治療自体による症状

なし

お腹が張る。

穿刺による痛み除水による血圧低下

必要な手術

腎臓移植手術

(大規模手術・全身麻酔)

腹膜カテーテル挿入

(中規模手術)

ブラッドアクセス

(小手術・局所麻酔)

通院回数

移植1年以降は2カ月に1回程度

月に1回程度

週3回

一般生活上の制限

食事・飲水の制限

少ない

やや多い

(水・塩分・リン)

多い(蛋白・水・塩分・カリウ

ム・リン)

旅行・出張

自由

制限あり(透析液・装置の準備

運搬・配送が必要)

制限あり(通院透析施設の確

保予約が必要)

スポーツ

移植部の保護以外自由

腹圧がかからないように

自由

妊娠・出産

可能

ほぼ不可能

ほぼ不可能

入浴

問題ない

カテーテルの保護が必要

透析後はシャワーが望ましい。

その他の利点

透析による束縛からの解放感

血液透析に比べ自由度が高い

医学的ケアが常に提供される

最も日本で確立した治療方法

その他の欠点

免疫抑制剤の生涯服用

(副作用の可能性)

拒絶反応などによる移植腎機能障害の可能性(透析再導入の可能性)移植腎喪失への不安

カテーテル

腹膜炎の可能性

蛋白の透析液への喪失(低栄養)

腹膜(透析)の寿命(10年以下)

ブラッドアクセスの問題

(閉塞・感染・出血・穿刺痛

ブラッドアクセス作成困難)

􌏯 生命予後

日本透析医学会の2002年度末の統計調査によれば透析患者の5年および10年生存率はそれぞれ約60%

,約40%ある。一方で日本の移植患者の死亡率は年間約3%であり圧倒的に移植患者の生存率が高い。し

かし移植を受ける患者が一般の透析患者よりより若く健康な者が多いため比較が難しい。このバイアスをなくすため献腎移植をした患者と献腎移植登録はしたが移植に至っていない透析患者の生存率を比較したデータが発表された。これによれば術後約カ月までは周術期死亡のため移植患者の死亡率のほうが高いがそれを超えて生存した場合移植患者の生存率が高くなる。特に若年者や糖尿病患者に限れば移植によってさらに生存率が高くなることが示された(表)。

術後早期の死亡例自体も現在では非常に少なくなっている。術後死亡は適切な心血管系の術前評価周術期管理によって十分に予防が可能である。重篤な心肺疾患のない若い患者ではこのような術後早期死亡は非常に稀である。

􌏰 心血管系合併症のリスク

心血管系合併症の発症リスクは透析患者で非常に高いがこれが移植によって改善することがすべての年齢層で示されている。この心血管系リスクの低下は特に若い移植患者で顕著であり移植によるメリットが大きい。図1に示されているように心血管系合併症による年死亡率は25~ 34歳では健康な人と比べ透析患者では100倍以上も高くなるが移植を受けることにより死亡率の比は20倍程度にまで低下している。

􌏱 透析合併症

生体腎移植後に得られる良好な腎機能は正常の約60~70 程度であるがこの腎機能の回復により数々の

透析に伴う合併症が改善することが知られている。腎性貧血やカルシウム・リン代謝はもちろんのこと皮膚瘙痒症の消失やアミロイドーシスの進行も止まる。小児においては成長障害も改善する。これらの合併症に対する薬剤の必要もなくなる。

􌏲 生活の質(quality of life:QOL )

QOLに関しても移植後の向上を認めることが多い。日本における腎臓移植レシピエントのアンケート調査でも移植により体調の改善社会復帰の促進時間・食事の制限からの開放透析自体からの開放感などの点で移植を受けて良かったとする者が受けないほうが良かったとする者を圧倒的に上回っている(93.9% vs 0.2%。残り5.9%はどちらとも言えないという回答)。社会復帰の程度も健常者と変わらないという者が60%を占め術前より良いとする者と合わせると90%で術前より悪いとする3.6%をはるかに超えている。このような移植に対するポジティブな考えは拒絶反応を経験した患者移植後腎機能が低下している患者や透析再導入となった患者にも認められることが注目に値する。

女性においては移植後に妊娠・出産が現実的なものになることも重要な点であり移植後妊娠例では80%が分娩に至り,40%が自然分娩,60%が帝王切開に至っている。そのほか表に呈示したように治療自体による負

担や一般生活上の制限などにおいて患者が移植のQRLのほうが高いと感じることが多い。

􌏳 費用対効果比

費用対効果比は日本でのデータはないが米国では移植後腎機能が~ 年以上もてば移植のコストが透

析よりも安価になることが知られている。これは免疫抑制剤の使用量が減ること心血管系合併症が移植後低下すること透析に要する医療コストがなくなることがすべて寄与している。日本でも初年度を除き透析療法では月額40~50 万円かかっているのに対し移植では約15万円と医療経済の観点からも腎臓移植は優れた治療法と言える。しかも透析と同様に日本では保険で大部分がカバーされているため患者の費用負担はほとんどない。

腎臓移植はバラ色の治療では必ずしもない

前述のように腎臓移植は透析療法と比較して優位な点が多いがすべての腎臓移植の患者が予後やQOLが改善するわけではない。腎臓移植では,1)) 大きな手術を必要とする,2) ほぼ生涯にわたる免疫抑制剤の服用を必要とする,3) 移植腎の生着率は完全ではなく透析再導入となることが多いことが問題としてあげられる。腎不全の治療方針は患者の人生を左右する。腎臓移植の良い点と同時にその問題点を隠すことなく患者に伝えることも腎臓内科医の重要な役割である。

􌏯 手術の必要性

腎不全患者では心血管系疾患の合併または潜在的合併患者が多く術中・術後の心血管系合併症が一般患者より多い。現在は術前の心血管系の評価を十分に行うことによってこのようなリスクはかなり低下しているが一般人よりも高リスクであることは事実である。心血管系以外でも創部感染やヘルニアなどに悩まされる患者もいる。また大きな手術は患者にとっては医師が感じる以上に精神的負担も大きい。手術のリスクはゼロでないことは患者に十分伝える必要がある。

􌏰 免疫抑制剤の使用

ステロイド・カルシニューリン阻害剤(シクロスポリンタクロリムス) 代謝拮抗薬(ミコフェノール酸モフェ

チルアザチオプリンミゾリビン)などをはじめとする免疫抑制剤の使用により腎障害肝障害心血管系および代謝系合併症(高血圧高脂血症肥満耐糖能異常) 骨関節疾患(骨粗鬆症骨壊死) 感染症(特にカリニ肺炎やサイトメガロ感染症などの日和見感染症) 癌(移植後リンパ増殖性疾患皮膚癌など)などの発症のリスクを高める可能性がある。尿毒症腎不全自体の合併症が軽減されてもこれらの合併症により不幸な転機を辿る患者も実際に存在する。このようなリスクは必ずしも術前に予見が可能とは限らないのが厄介な点であ

る。

􌏱 移植腎機能

他稿でも述べられているが移植腎機能はすべての症例で保たれるわけではない。全体では5年で約20%,10年で約40%の患者が透析再導入となる。これは免疫学的な拒絶反応による腎障害だけでなく高血圧などの

心血管系合併症や高脂血症糖尿病などの代謝性疾患の合併カルシニューリン阻害剤の腎毒性腎炎の再発や

新規発症など多くの要因が絡んで起こってくるものであり移植腎機能の長期成績は近年においても改善が芳しくない。

患者は腎機能が悪くなるたびに頻回の外来受診が必要となるだけでなく検査入院や移植腎生検を施行され

仕事や家庭生活におけるQOLが阻害されることがある。また患者は常に透析再導入の不安と隣り合わせで生きていかなければならない。透析をしていたときのほうが気が楽であったと感じる患者も実際に存在する。

腎臓移植を受けるまでの流れ

以上のような末期腎不全の治療法のつのオプションにおける腎臓移植の位置付けが頭に入った状況で実際の患者での対応を考えてみたい。その流れを図􌏚に示す。

まず腎臓移植を受けるためには移植手術に耐えられる健康状態が必要である。特に感染・癌や重篤な心血管系合併症のある患者はその時点での腎臓移植候補からは除外する必要がある。また高齢者(一般的には70歳以上)では手術のリスクが高いことと移植腎の生着期間が患者の予後をかなり上回ることなどを考え敬遠されることがある。

腎臓移植の適応

􌏯 腎臓移植の適応となる腎機能

基本的には保存期腎不全患者ではGFR 15ml/min で6カ月以内の透析導入が見込まれる状況または維持透析を行っている場合はすべての患者が腎機能からみた腎移植の適応となる。ただし献腎移植では基本的に透析導入患者のみが移植登録可能である。

􌏰 いつ移植をすべきか

移植の実施時期については日本の現状では透析導入後であることがほとんどである。この理由は医学的なものではなく透析導入前に医師からきちんとした移植の説明を受けていないことが多い。しかし医学的には透析導入前に移植に踏み切るほうが透析後に移植するより移植腎の生着率が向上することが明らかになっている。医学的に移植手術が可能で生体腎移植ドナーがいる場合は透析前に移植を行うことを積極的に考慮すべきである。

􌏱 生体腎移植か献腎移植

腎臓移植を患者に説明する場合可能なら患者の家族に一緒に話を聞いてもらうことが望ましい。ドナー候補となる家族の多くは腎臓移植について知識がないため一緒に話を聞いてもらうことによってドナーを見つけることができる。また患者が家族へ腎の提供を自ら持ちかけることは抵抗があることが多く家族からの積極的な提供の申し出は家族に説明を行うことがきっかけとなることも多い。

欧米では子から親への移植や友人からさらには第三者からの移植なども行われるが日本では日本人の価

値観もあってかこのような移植は少なく多くは親から子へまた兄弟姉妹からそして最近増加している配

偶者からの提供がほとんどである(夫婦間移植については患者は意外に血縁者以外からの移植ができることを知らないことが多い)。しかし日本移植学会では2003年より非親族からの臓器提供も認める方針となっている。

生体腎移植は明らかに献腎移植よりも移植腎の生着率が高い。HLA抗原( human leukocyte antigen:ヒト組織適合抗原)が3対( HLA-A,B,DR )すべて適合している献腎移植より全くHLA抗原の合っていない配偶者

からの腎の生着率が高いことはよく知られている。しかし最近の腎保存方法や免疫抑制剤の進歩により生着率の差は低下しつつある。よって生着率という観点からは生体腎移植と献腎移植の差は小さくなりつつある。

むしろ問題なのは日本では献腎移植の数(臓器提供の数)自体が非常に少なく献腎移植を受けられる可能性が低く受けられるとしても登録から非常に長くかかる可能性が高いことである。具体的には現在移植登録患者数は13,000人であるが,実際に献腎移植に至っているのは年間150人であることを考えると非常に単純な計算では年待たないといけないことになる。しかし幸運な場合は数年以内に献腎移植が受けられる人もいることも事実である。この点は患者に説明しておかなければならない。

腎臓移植レシピエントの適応となる前提条件

腎臓移植レシピエントの適応を考える際に上記した腎機能の条件( GFRが15ml/min 以下で6カ月以内の透

析導入見込みないしは透析患者)以外に以下のことに対する考慮が必要である。

􌏯 血液型

腎移植ではABO血液型抗原は一致が絶対条件であり生体腎移植でも一致していることが望ましい。しか

し生体腎移植では血液型の違う輸血が可能な組み合わせと同様に移植後の処置(免疫抑制剤の強化や移植

腎への放射線照射など)により血液型不一致移植は十分可能である(表3))。問題は血液型不適合移植(表)であ

る。この場合移植後の超急性拒絶反応を抑えるためにA抗または抗B抗体を移植前に血漿交換二重膜濾過

血漿交換(DFPP )などによって除去し抗体値を下げる( 8~16 倍以下)ことが必須である。脾臓摘出を同時に行う施設も多い。このような処置によっても移植腎の生着率はABO一致例に比べ低いが最近の免疫抑制剤の進歩によりその成績は向上しつつある。現在生体腎移植においてABO血液型の不適合は腎移植の禁忌ではない。

􌏰 組織適合抗原( HLA抗原)

組織適合抗原( HLA抗原)は腎移植においてはHLA-A,HLA-B,HLA-DR)の3つ( 1つにつき2対存在するので計6抗原)が重要である。HLA抗原は一致数が多いほど移植腎の生着率は高いがその差は大きなもの

ではない。献腎移植では数少ない献腎を最も有効な形で提供するために抗原の一致数が高い患者が優先

的に移植を受けられるシステムを採っているが,HLAの6抗原が全く一致していなくても移植は可能である。

実際,HLAの6抗原すべてマッチした献腎移植より,6抗原すべてが合わない夫婦間移植の成績のほうが良い。

よって腎移植においてはHLA抗原の適合は望ましいが必須ではない。

􌏱 クロスマッチ(抗ドナー抗体の検出)

血液型やHLA抗原が不一致でも移植は可能であるがレシピエント血清とドナーリンパ球をin vitroで反応

させリンパ球融解(ドナー細胞表面抗原に対する抗体の存在を意味し超急性拒絶反応を起こす)が起こらないかをみるクロスマッチテストは陰性であることが絶対条件である。クロスマッチの陽性化はたとえ血液型やHLA抗原が一致していても起こりうる。特に以前に臓器移植を受けていたり妊娠や多量の輸血を受けた病歴を持つ患者ではクロスマッチ陽性率が高くなる。またクロスマッチテストが以前陰性であっても陽転化することもあるため注意が必要である。最近一部の施設(東京女子医科大学など)では移植手術前に血漿交換や免疫抑制剤治療(抗CD20抗体などを含む)を組み合わせて抗ドナー抗体の陰性化を図ってから移植を施行し良好な結果を得ている。よって抗ドナー抗体が陽性であっても移植できる可能性は残っている。

􌏲 年齢

高齢者は合併症(心肺など)が多く感染にも弱いため術後の合併症が多いが免疫学的活動性の低下のためか

拒絶反応は少なく使用する免疫抑制剤も減量できる可能性がある。表􌏜のように高齢者は死亡による移植腎喪失のリスク(death with functioning graft :DWFG 移植腎機能は良いがその他の合併症で死亡する)は高いが死亡以外の原因(拒絶反応など)によるリスクは逆に若年者より低いことがわかる。ただ日本では多くの生体腎移植ドナーは親・兄弟姉妹・配偶者であるため患者が高齢であればドナーも高齢であることが多く手術が医学上の観点から無理な場合も多い。多くの施設は65歳までを一応の目安にしている。しかし患者が腎疾患以外の問題がなく手術可能なドナー候補がいる場合や献腎移植を望む場合は積極的に考慮してよいと思われる。

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